UnitedKingdom.gif China.gif Korea.gif Hellenic.gif Germany.gif france.gif This WEBsite can be translated to your language.Move to right side Plug-in corner and choose one. Netherlands.gif Italy.gif Brazil.gif Russia.gif Spain.gif Sweden.gif
記事の更新はありませんが訪問して頂いた方には心から「ありがとう」ございます



7642076420764207642076420764207642076420764207642076420764207642076420

スポンサーサイト

--/--/-- カテゴリー:スポンサー広告  コメント(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
死んでも大金持ちのエルヴィス・プレスリー  |  ①スゴ過ぎ! あまりに強烈で、驚きの生き方に再度ピカソ登場!

②スゴ過ぎ! あまりに強烈で、驚きの生き方に再度ピカソ登場!

2008/10/30 カテゴリー:男女混在  コメント(4)

※通常は1記事完結でブログ記事を更新しているのですが、今回取り上げているピカソに、個人的な関心が高まった為に、2つの記事に分けましたので、はじめて読む方は、前回(または前々回)の記事から読んで頂ければ、おもしろく読めると思います   Hiro


前回の記事でピカソと周囲の女性について簡単に紹介しましたが、読んだ皆さんはどんな印象をもたれましたか・・・?

同じ人物の記事を3回も取り上げてしまったほど、あまりに、強烈なピカソの恋愛とその生き方、第2弾です。


253ピカソは女性を自分勝手に愛し、次の女を見つけ、別れるということを繰り返すわけですが、暴力をふるったり罵ったり無視したりというような最近の浮気男にありがちな酷い行いをするわけではないのです。


むしろ逆に、別れたと女とも時々は会ったり、手紙を送ったり、または何か用事をいいつけたり、金銭的な援助もするし、いつも気にかけているようなのです。ある意味、女性に尽くしているという感じさえ受けてしまいます。


それがまた、別れたあとでも別れられなくなって女たちを苦しめてことになっているようなのです。


新しい女の前でも前の女と平気でいちゃいちゃするし、またその逆もなりです。女性たちの心の中は、そりゃあボロボロにもなりますよね。

 

まるで272歌舞伎町のナンバーワンホストのようですね

(実は学生時代からの友人にいるもので…(笑)。)

 

     CapaRobert_picassoPablo_Picasso_and_Francois_Gilot_1951.jpg

では、前回の元の白黒写真を「想い出写真復刻堂」でカラー化したものです。

  pikkaso coler3

写真に写っているのはフランソワーズ・ジロー(1921~)とピカソが南仏の海岸で戯れる写真です。
まさに、ピカソは彼女の召使いのように日傘を差している姿が写っています。

 

41フランソワーズ・ジローとピカソの物語             

2人は1943年5月、ナチス制圧下の498パリで出会います。化学工場の経営者エミールの一人娘としてパリ郊外に生れたフランソワーズは、当時ソルボンヌの法科に籍を置く学生でした。そしてそのとき、南仏在住の女友達と一緒に初めての展示会を開いていました。

 

ある夜、会場を閉めた2人がセーヌ左岸の271レストラン「ラ・カタラン」へ行くと、隣のテーブルにピカソが当時の恋人の写真家 ドラ・マールと一緒にいたのでした。ピカソは隣の会話に興味を持ち、女性2人が画家志望だと知ると大笑いして、彼らを自分のアトリエに招待したのが始まりです。

 

     picasso-francoise1946.jpg 1946年 ピカソのアトリエにて

 

238こうして始まったピカソとフランソワーズの交友は、フランソワーズがピカソから距離を置いたことで、まずは付かず離れずに進行したのでした。その年の夏、法科の学士課程を終えた彼女は、芸術一本で行くことを決心したのですが、娘の決意に怒りのあまり暴力に出た父と絶縁し、皮肉にもその父のから幼少時に仕込まれた乗馬で生活費を稼ぎながら、祖母の家で制作に熱中することになりました。

一方、フランソワーズの知性に魅了されたピカソは、彼女に詩人のジャン・コクトーや画家マチスら当代きっての文化人を紹介し、またリトグラフに彼女を描くなど、積極的に近づいていきました。やがて彼女も40の年齢差を越え、彼の気持ちに応えます。すると1946年5月のある日、ピカソは彼女に懇願しました。「私の年齢だと元気がなくなる日は遠くない。だから私が君にとって少しでも意味があるなら、今、一緒に暮らしてほしい」と。

フランソワーズはこの夜からピカソの同棲相手になり、2人は南仏プロバンスに居を移し、47年に息子クロード、49年に娘パロマが誕生します。幸せそうに見えた彼女だが、実際はピカソの身勝手で威圧的な性格に疲れを覚えていたのでした。彼は他者との関係をゲームととらえ、常に勝つか負けるかで評価したのでした。

また、別居する妻オルガ(+息子パウロ)と元愛人マリー=テレーズ(+娘マヤ)、さらに今は元恋人になった知的なドラまでを、まるで彼個人の飾り棚から必要に応じて取り出せる自分の所蔵品のように扱い続けていたのでした。

パロマを出産後、体調を壊したフランソワーズに対しても、彼は 「女は子供を産むと魅力を増すものなのに、お前はなんたるざまだ」と突き放し、言い返す気力もない彼女に「怒るか泣くかしてみろ」と挑発をしたのです。


239ところが別れ話になると、「私に発見された恩を返せ」と激怒し、ついには「私のような男を捨てる女はいない」とまで言ったといいます。さらには「私の世界から踏み出してみろ、砂漠へ行くぞ」と引き止めるピカソに、「だったらそこで生きてみせる」と言い返したフランソワーズ・ジローでした。

1953年9月30日、耐え切れなくなったフランソワーズは2児を連れてパリに帰ります。すでに前年、個展を開いて好評を得ていた彼女は、それを心の支えに自立への道を歩み始めます。

だが2年後、彼女が同世代の画家リュック・シモンと結婚して娘を産むと、ピカソは逆上し、画商とギャラリーに彼女との仕事を継続しないよう圧力をかけて離婚させるのでした。

にもかかわらず、ピカソは新しい愛人のジャクリーヌ・ロックと結婚してしまうのです。


だが、マチスの流れを汲む彼女の穏やかな抽象画は注目され、活躍の場は英米にも広がることになります。64年、彼女は文芸評論家カールトン・レークと共著で『LIFE with PICASSO』(ピカソとの生活)を米国で出版しました。ピカソの人と芸術を語ったこの本はミリオンセラーになり、フランス語でも翻訳の話が出たのでした。

  artwork_images_347_243064_francoise-gilot.jpg   aeizona red

 フランソワーズの作品(左:自画像  右:arizona red)

しかし、ピカソはそれを阻止しようと訴訟を起こすが、3審とも敗訴。 「お前が勝った」と、彼はフランソワーズに電話で告げ、これが2人の最後の会話となるのでした。

 

彼女はその後、小児まひワクチンの開発者として知られる米人医学者ジョナス・ソークと再婚してカリフォルニアに移住し、現在に至っています。再婚相手とは、それぞれの世界を尊重しあえる幸せを生み、さらなる意欲をもたらしたようです。

夫に先立たれた今も、彼女は米国各地を飛び回り、昨年は欧州でも回顧展を開くなど、活躍を続けています。さしものピカソも、この姿には天国?から声援を送るかもしれない

 

ピカソを捨て、ピカソノの呪縛をのがれた女は彼女一人しかいない。彼女は独自の世界を築き、戦後アートの一翼を担う芸術家の一人になったのでした。

現在のフランソワーズ 86歳ima55ge.jpg

英独仏ニュースダイジェスト掲載
高橋容子「主役を支えた女たち」 より
(一部、若干追記、変更、写真追加しました)




ここまで知ると、ピカソという男にあってみたくなります。

ピカソの人間性を伝えた言葉があります


133ピカソの秘書サルバテス
「50年も彼のそばにいるが薄給だし、彼は全然約束を守ってくれない。でも彼のそばに居たい。彼のそばから離れれば彼のことが気になってしょうがないし、彼も気になるだろう。でもそばに居れば気にしないでいられるから。」 


132恋人 ドラ・マール
「ピカソのアトリエの空気は毒ガスのようでいて、馴れるとそれ以外は吸えなくなる。
別れは来る。でも彼から逃れられない。彼がいない日々は虚しいだけ。彼の後には神しかいない。」


ピカソって本当に強烈な人間だったようです。


今回、記事の参考にした映画「サバイビング・ピカソ」(敢えて訳すと、ピカソからの生還 とでもなるのでしょうか?すごい題名ですよね!? フランソワーズ・ジローの視線から見たピカソを題材とした映画なのですが、私は絶対に見たくなりました)で、

その映画でピカソ役を演じる、265名優アンソニー・ホプキンス

「どうやったらピカソの強烈さを表現できるんだろう?」と終始、演じることを悩み、心底からピカソの迫力を感じて、役にのめり込むことは出来なかったというくらいです。

 


また、前回の付き合った女性の紹介の時にも簡単に書きましたが、

ピカソの親友のカサヘマスはピカソらとパリを訪れた際、後にピカソと付き合うことになるジュルメーヌという女性に思いを寄せたが相手にされなかった。心配したピカソに連れられて一度スペインに戻るが、その後ひとりでパリに行き、カフェで談笑するジュルメーヌにピストルを撃ち、つぎに自分の右こめかみに弾を撃ちこんで自殺しています。ジュルメーヌは命を取り留め、長命していますが、この親友カサヘマスの自殺にショックを受け暗青色を基調として、軽業師、アルルカン、売春婦、乞食、芸術家などを描いた時期が1901年-1904年の青の時代だそうです。結局、ピカソはこのジュルメーヌとも付き合っているわけです。

ピカソの周りに起こる、死の呪縛は男の友人にまで届いたということのようにも思えます。

 

 

197348日。 ピカソは91歳にしてこの世を去ります282 (まさに「憎まれっ子、世に憚る」かな・・・? 自分の親だとイヤですが、自分のオジイちゃんがこんな人なら、おもしろいでしょうね 笑)


常識で縛られた一般社会においては、ピカソは、極めて女垂らしで、女好きのエロジジイであったとも言えるでしょう。本能に正直だったとも・・・(笑)

芸術家でなければ犯罪者ともいえるかも・・・?


しかし、ただの女垂らしと違うのは、ピカソに愛された女性がその後、自殺または気が触れるなどの結末を辿っていることから、ピカソはただのエロジジイではなかったことがわかります。
ピカソにとって「愛」とは受けるものではなく、惜しみなく与えるものを実践したのかもしれません。

死ぬまで芸術と恋愛に精力的に生きたピカソが、本気で私は羨ましいと思います。

長い人生の終焉に、ピカソはこう言ったそうです。

女って、いいもんだよと・・・。


やはり彼は天才です。芸術家としても、一人の男としても・・・424424

 

 

では、また次回422

 





この記事の参考にしたのは

西洋美術史専攻の岡部昌幸氏と塚田美香子氏が執筆した「ピカソが愛した9人の女たち」という記事

映画「サバイビング・ピカソ」:原題: Surviving Picasso
製作年:1996年 アメリカ
制作:イスマイール・マーチャント デイヴィッド・L・ウォルパー
監督:ジェームズ・アイヴォリー

脚本:ルース・プラヴァー・ジャブヴァーラ
出演:アンソニー・ホプキンス ナターシャ・マケルホーン ジュリアン・ムーアジョス・アクランド ピーター・アイアー

 です。

スポンサーサイト
死んでも大金持ちのエルヴィス・プレスリー  |  ①スゴ過ぎ! あまりに強烈で、驚きの生き方に再度ピカソ登場!

コメント

今回のも濃い・・・!

Hiroさん、こんばんわ。

ほほう! また更新されたんですね。
一気に読みましたですよ!(^_^)/

いやー、知らなかったですが、ピカソって
その、何と言うか、すごかったんですね。(笑

でも壮絶な人生だな~。 私も死ぬ前に・・・、
「女っていいもんやで!」って言いたいもんです。

今回も濃い記事をありがとうございました。

応援ぽち!

2008/10/31-18:33 | URL | タカビー #-[ Edit]

タカビーさん、毎度のことながらヤル気のでるコメントありがとうございます。

本当にピカソは濃い・・・

死の間際まで女性のことを考えていたとは・・・ 脱帽です。

そんなに思える女性が身の回りにいたというのも羨ましい限りです。

これからもよろしくお願いします。(^0^)/

2008/10/31-23:33 | URL | Hiro #-[ Edit]

ピカソの続き読みに来ました。
フランソワーズが幸せになってくれてホッとしました(^-^;
自分の生き方のできる強い女に私もなりたい…

しかしいつの世もプレイボーイというのは
一見尽くす男(女にとってはかつてないような尽くされ方を経験させるような)のようですね
Hiroさんは尽くす男かな~?

2008/11/05-21:05 | URL | tearose #XRFqiIjg[ Edit]

tearoseさん訪問、コメントありがとうございます。
ピカソの記事、長くなりましたが読んで頂いてありがたい限りです。
それにしても、興味深い男ですよねぇ・・・

僕を含めて、基本的に女性に尽くすのが好きな男性のほうが多いと思うんですが・・・(精神的にも現実的にも…)。

話は飛びますが、tearoseさんのブログに出ていた炭花にも興味をそそられます(^0^)/

2008/11/06-17:32 | URL | Hiro #-[ Edit]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


想い出写真復刻堂 | Page Top↑


管理者プロフィール

   名 前: Hiro


年 齢: 30代
住 所: 関 東
職 業: フォトデザイナー
趣 味: 海釣り
     バイク(大型)
     スポーツ全般
     DIY  他

著作権について

掲載した加工後のカラー写真の無断使用、無断再配布を固く禁じます。 使用したい場合は想い出写真復刻堂までご連絡下さい。

使用許諾・著作権 ここで使用している加工後のカラー写真は、すべて山田写真工房が権利を有する、著作権法で保護されている著作物ですので、 第三者への転売・無断転載・引用などのすべては法律で禁じられています。
もし、著作権を犯す行為が認められた場合、著作権法に基づき、損害賠償を請求することになりますので、ご理解の程お願いいたします。

お気に入りブログ リンクコーナー

439ブログ友達
218お気に入りブログ426
へのリンク集です

素敵な人達が書いた、面
白くて、楽しくて、役に立つ
ブログばかりです。
是非、

ご覧になってください428

携帯版ブログQRコード

携帯電話からもブログはご覧になれます。携帯QR

携帯電話のバーコードリーダーで読み取ってアクセスしてください。
アドレスはこのブログと同じです。

全記事表示リンク

記事一覧

Categories

Category Sum
全記事一覧
未分類 7
女性 10
男女混在 8
人物以外 2
写真以外の話題 8
男性 35

タイトルリスト#

更新カレンダー

07 | 2017/03 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


⇒管理者専用ページ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。